週刊日誌(スタッフブログ)
第286回 2011.06.27
メールマガジンで良いご縁ができました。
第285回 2011.06.20
旧白洲邸 武相荘(ぶあいそう)に行ってきました。
武相荘、白洲次郎より
兵庫生まれ。若くしてイギリスに留学、ケンブリッジに学ぶ。
第二次世界大戦にあたっては、参戦当初より日本の敗戦を見抜き鶴川に移住、農業に従事する。
戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」。
高官にケンブリッジ仕込みの英語をほめられると、返す刀で「あなたの英語も、もう少し勉強なされば一流になれますよ」とやりこめた。
その人となりを神戸一中の同級・今日出海は「野人」と評している。
日本国憲法の成立に深くかかわり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫き、いくつもの会社の経営に携わる。
晩年までポルシェを乗り回し、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長を務めた。
「自分の信じた『原則(プリンシプル)』には忠実」で「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」と正子夫人。
遺言は「葬式無用、戒名不用」。まさに自分の信条(プリンシプル)を貫いた83年だった。
たぶんNHKテレビで白洲次郎さんのことを知ったのがきっかけかと思います。
以前から行ってみたくて、部屋の壁には2年近く「武相荘」の文字が張られていましたが、なかなか行くという行動にまではなりませんでした。
ただ、日本が大変な危機にあるというのに、与野党が政争にふけっている政治を、白洲次郎さんはどう思っているだろうかと考えたら急に行きたくなったからでございます。
白洲邸では約2時間、穏やかな気分で見学をさせていただきました。
白洲次郎さんも私を歓迎してくれたのか、久しぶりにゆったりとした時間の流れを感じながら荘内を観させていただきました。
今現在も穏やかな気分の状態を保っています。
今後気がめいった時はまた伺いたいと思っています。
武相荘1・・・武相荘について
武相荘2・・・おなじみの愛車ですね。
武相荘3・・・長屋門から茅葺の母屋が見えます。
武相荘4・・・白洲次郎さんが使っていた農機具です。
これはほとんど外国製でしょうね。
武相荘、白洲次郎より
兵庫生まれ。若くしてイギリスに留学、ケンブリッジに学ぶ。
第二次世界大戦にあたっては、参戦当初より日本の敗戦を見抜き鶴川に移住、農業に従事する。
戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」。
高官にケンブリッジ仕込みの英語をほめられると、返す刀で「あなたの英語も、もう少し勉強なされば一流になれますよ」とやりこめた。
その人となりを神戸一中の同級・今日出海は「野人」と評している。
日本国憲法の成立に深くかかわり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫き、いくつもの会社の経営に携わる。
晩年までポルシェを乗り回し、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長を務めた。
「自分の信じた『原則(プリンシプル)』には忠実」で「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」と正子夫人。
遺言は「葬式無用、戒名不用」。まさに自分の信条(プリンシプル)を貫いた83年だった。
たぶんNHKテレビで白洲次郎さんのことを知ったのがきっかけかと思います。
以前から行ってみたくて、部屋の壁には2年近く「武相荘」の文字が張られていましたが、なかなか行くという行動にまではなりませんでした。
ただ、日本が大変な危機にあるというのに、与野党が政争にふけっている政治を、白洲次郎さんはどう思っているだろうかと考えたら急に行きたくなったからでございます。
白洲邸では約2時間、穏やかな気分で見学をさせていただきました。
白洲次郎さんも私を歓迎してくれたのか、久しぶりにゆったりとした時間の流れを感じながら荘内を観させていただきました。
今現在も穏やかな気分の状態を保っています。
今後気がめいった時はまた伺いたいと思っています。
武相荘1・・・武相荘について
武相荘2・・・おなじみの愛車ですね。
武相荘3・・・長屋門から茅葺の母屋が見えます。
武相荘4・・・白洲次郎さんが使っていた農機具です。
これはほとんど外国製でしょうね。
第284回 2011.06.13
天草五橋入り口のフルーツ店が店じまいをしました。
当社の主だった贈答品としまして、お中元は熊本・植木産のスイカ。
お歳暮は三角産のミカンがここ20年くらいの定番でした。
その贈答品を提供してくださっていたフルーツ店が、とうとう店を閉めてしまいました。
私は幼い頃から父の商売、食料品・雑貨の買い付けにはしょっちゅう連れられて行っていました。
特に市場での果物のセリ風景は印象に残っています。
ひと山に積まれたスイカなどは、セリの前にセリ人が積まれたスイカの中から適当に選び、こぶしで割って私達買い付けの人達に食べてもらいます。ミカンなども同様です。
私はそんなことで果物の味に関しては結構こだわっていました。
そのフルーツ店との出会いは15年位前になります。
私がおいしいミカンを求めて熊本・河内のミカン山を訪ね、探し回りましたがおいしいミカンには出会えません。
そこで実家の跡を継いでいる長男に教えてもらったのがきっかけでした。
ただ当初、その店にとって私との付き合いは大変苦労をされたことだと思います。
決定する前に見本の果物を送ってもらうのですが、私が納得するものがなかなか届きません。
“今回もダメですか!”その繰り返しを2・3年しているうちに、お任せできるところまでになっていただきました。
去年も帰省したときは親父さんに会いに行き、元気な姿を拝見いたしました。
商売の難しさか次世代への引継ぎの難しさか分かりませんが、非常に残念でございます。
ただ、長い間わがままなこの私にお付き合いをして頂いたことに感謝いたします。
これからの長い時間を楽しんで過ごしていかれることを祈っております。
当社の主だった贈答品としまして、お中元は熊本・植木産のスイカ。 お歳暮は三角産のミカンがここ20年くらいの定番でした。 その贈答品を提供してくださっていたフルーツ店が、とうとう店を閉めてしまいました。 私は幼い頃から父の商売、食料品・雑貨の買い付けにはしょっちゅう連れられて行っていました。 特に市場での果物のセリ風景は印象に残っています。 ひと山に積まれたスイカなどは、セリの前にセリ人が積まれたスイカの中から適当に選び、こぶしで割って私達買い付けの人達に食べてもらいます。ミカンなども同様です。 私はそんなことで果物の味に関しては結構こだわっていました。 そのフルーツ店との出会いは15年位前になります。 私がおいしいミカンを求めて熊本・河内のミカン山を訪ね、探し回りましたがおいしいミカンには出会えません。 そこで実家の跡を継いでいる長男に教えてもらったのがきっかけでした。 ただ当初、その店にとって私との付き合いは大変苦労をされたことだと思います。 決定する前に見本の果物を送ってもらうのですが、私が納得するものがなかなか届きません。 “今回もダメですか!”その繰り返しを2・3年しているうちに、お任せできるところまでになっていただきました。 去年も帰省したときは親父さんに会いに行き、元気な姿を拝見いたしました。 商売の難しさか次世代への引継ぎの難しさか分かりませんが、非常に残念でございます。 ただ、長い間わがままなこの私にお付き合いをして頂いたことに感謝いたします。 これからの長い時間を楽しんで過ごしていかれることを祈っております。
第283回 2011.06.06
山本作兵衛さんの炭鉱画がユネスコ世界記憶遺産に決定いたしました。
60歳代から描き始め、作品は1000枚を越すとのことです。
リアルな記録画に加え小さな字がびっしり書かれています。
ものすごい情熱を感じますね。
作品の中で「寝返り」と題された1枚があります。
入れ墨をした男と上半身裸の女がはいつくばって石炭を掘っている作品です。
蒸し暑い炭鉱の中、女性はみなこのような姿だったかと想像します。
またエアコンなどがないわけですから、その当時女性が半身裸でいることは田舎ではそんなに珍しいことではなかったのではないかと思います。
私が小さい頃は、裸のおばさんが川で洗濯をしている姿などはよく見かけました。
また、私の実家は食料品や雑貨などを販売している店でした。
お客様はほとんどが近所の方か、近くの化学工場に勤める方たちで、新規の方はほとんどこられることはありません。
その為か母は、暑い時に上半身を裸で接客することは珍しくありません。
母は太っていたため、近所のおばさんからは“立派なおっぱいをしているね”などとの会話はよく覚えております。
そのような環境で育ったためか、女性の裸に対しての興味はあまりありません・・・
60歳代から描き始め、作品は1000枚を越すとのことです。 リアルな記録画に加え小さな字がびっしり書かれています。 ものすごい情熱を感じますね。 作品の中で「寝返り」と題された1枚があります。 入れ墨をした男と上半身裸の女がはいつくばって石炭を掘っている作品です。 蒸し暑い炭鉱の中、女性はみなこのような姿だったかと想像します。 またエアコンなどがないわけですから、その当時女性が半身裸でいることは田舎ではそんなに珍しいことではなかったのではないかと思います。 私が小さい頃は、裸のおばさんが川で洗濯をしている姿などはよく見かけました。 また、私の実家は食料品や雑貨などを販売している店でした。 お客様はほとんどが近所の方か、近くの化学工場に勤める方たちで、新規の方はほとんどこられることはありません。 その為か母は、暑い時に上半身を裸で接客することは珍しくありません。 母は太っていたため、近所のおばさんからは“立派なおっぱいをしているね”などとの会話はよく覚えております。 そのような環境で育ったためか、女性の裸に対しての興味はあまりありません・・・
第282回 2011.05.30
スポーツジム
以前にも申し上げましたが、私はスポーツジムに通っています。
理想は1週間に3日ですが、最近は1日ほどしか行けません。
以前は体を鍛えた体作りが目的でしたが、最近はもっぱら体の柔軟を主体に運動をしています。
2年以上前に体が急に硬くなり、立ったまま靴を履くのが大変でした。
また、みっともない話ですがトイレでも不自由をする状態でした。
おかげさまで日常の生活で不自由をすることはなくなりました。
さて、最近ジムで感じていることがあります。
それは女性利用者の多くは綺麗でスタイルがいいことです。
太った方はほとんどいません。
中にはバストの出っ張りがほとんど無く、男の体をした女性も何名かおられます。
もっと綺麗になりたい、スタイルも良くしたいとの願望が、男性より女性の方が強いのでしょう。
以前、体格に恵まれたマッサージの女性先生に(おそらく体重は100kg近くあるかと思います。
先生がこの週間日誌を見たりはしないでしょうね?)そのような話をしたことがあります。
先生が言われるには、太った方は皆さん怠慢なんだそうです。
私が思うのには、皆さんがスタイルいいので、太った方はその中に入っていきづらいのではないでしょうか。
男性の場合はいろんな方々が来ておられます。
太った方、やせた方、年齢も様々です。
男性・女性、こんなところでも違いを感じます。
以前にも申し上げましたが、私はスポーツジムに通っています。 理想は1週間に3日ですが、最近は1日ほどしか行けません。 以前は体を鍛えた体作りが目的でしたが、最近はもっぱら体の柔軟を主体に運動をしています。 2年以上前に体が急に硬くなり、立ったまま靴を履くのが大変でした。 また、みっともない話ですがトイレでも不自由をする状態でした。 おかげさまで日常の生活で不自由をすることはなくなりました。 さて、最近ジムで感じていることがあります。 それは女性利用者の多くは綺麗でスタイルがいいことです。 太った方はほとんどいません。 中にはバストの出っ張りがほとんど無く、男の体をした女性も何名かおられます。 もっと綺麗になりたい、スタイルも良くしたいとの願望が、男性より女性の方が強いのでしょう。 以前、体格に恵まれたマッサージの女性先生に(おそらく体重は100kg近くあるかと思います。 先生がこの週間日誌を見たりはしないでしょうね?)そのような話をしたことがあります。 先生が言われるには、太った方は皆さん怠慢なんだそうです。 私が思うのには、皆さんがスタイルいいので、太った方はその中に入っていきづらいのではないでしょうか。 男性の場合はいろんな方々が来ておられます。 太った方、やせた方、年齢も様々です。 男性・女性、こんなところでも違いを感じます。
第281回 2011.05.23
YMテーブルのニューモデルが完成しました。
天板が宙に浮いているイメージのYMテーブル。
建築家・千葉様のデザインで、初回はみずめ桜材で製作を致しました。
お客様は非常に気に入っていただいたのですが、価格がどうしても高くなるのでデザインを変更してこれまで販売してまいりました。
今回はデザイン・仕様を変更して素晴らしいYMテーブルが完成いたしました。
今回お買い求め頂いたお客様、K様の意見が変更部分のほとんどでした。
K様とは9年前にパソコンデスク(このデスクも非常に考え抜かれた仕様になっております。)・洗面台(これもしかりです)を作らせていただいたのがきっかけでした。
その当時からこのYMテーブルに興味を持っておられたようです。
その期間でいろいろのテーブルを見てこられたとのことでしたが、最終的にはこのYMテーブルに落ち着いたとのことでした。
そのような過程だったのですが、一部を改良して製作することになりました。
改良点
1, 以前は天板を受けるのに四方4箇所の丸棒だったが、天板の反りも考え天板受けの横桟を2本入れる。
2、反り止め金物3箇所使用。
3、浮き天板のすき間を5mm大きくする。
4、キズに強くまた、紫外線による変色を防ぐためセラウッド塗装を採用する。
大きな変更点は以上の内容です。
塗装を変えることが一番心配でしたが喜んでいただいたようで嬉しく思っております。
打合せは当社に来ていただいたのが3・4回で、ほとんどはメールで行いました。
(実は私、メールが苦手です。)
メールのやり取り回数を数えてみましたら79回でした。
K様、楽しく仕事をさせていただき有難うございました。
従来型YMテーブル
新YMテーブル
新YMテーブル

天板が宙に浮いているイメージのYMテーブル。
建築家・千葉様のデザインで、初回はみずめ桜材で製作を致しました。
お客様は非常に気に入っていただいたのですが、価格がどうしても高くなるのでデザインを変更してこれまで販売してまいりました。
今回はデザイン・仕様を変更して素晴らしいYMテーブルが完成いたしました。
今回お買い求め頂いたお客様、K様の意見が変更部分のほとんどでした。
K様とは9年前にパソコンデスク(このデスクも非常に考え抜かれた仕様になっております。)・洗面台(これもしかりです)を作らせていただいたのがきっかけでした。
その当時からこのYMテーブルに興味を持っておられたようです。
その期間でいろいろのテーブルを見てこられたとのことでしたが、最終的にはこのYMテーブルに落ち着いたとのことでした。
そのような過程だったのですが、一部を改良して製作することになりました。
改良点
1, 以前は天板を受けるのに四方4箇所の丸棒だったが、天板の反りも考え天板受けの横桟を2本入れる。
2、反り止め金物3箇所使用。
3、浮き天板のすき間を5mm大きくする。
4、キズに強くまた、紫外線による変色を防ぐためセラウッド塗装を採用する。
大きな変更点は以上の内容です。
塗装を変えることが一番心配でしたが喜んでいただいたようで嬉しく思っております。
打合せは当社に来ていただいたのが3・4回で、ほとんどはメールで行いました。
(実は私、メールが苦手です。)
メールのやり取り回数を数えてみましたら79回でした。
K様、楽しく仕事をさせていただき有難うございました。
従来型YMテーブル
新YMテーブル
新YMテーブル

第280回 2011.05.16
新入社員。
はじめまして。今年の4月に入社致しました秋葉大地と申します。
気付けば入社してからもう一ヶ月半経ちました。
週刊日誌をご愛読されている方で、もうすでにお会いしている方もいらっしゃるかもしれませんね。
簡単に私事を申しますと、拓殖大学で工業デザインを4年間学びました。
入社してからも学ぶことばかりで、常に勉強の日々が続いております。
大変なときも御座いますが、楽しいと思うことも多々あります。
最近では、先輩方のサポートや、お客様とのコミュニケーションなどを行うにあたって、 今まででは気付かなかった部分などが、ようやく見えてくるようになりました。
そんな新しい発見の日々で、とても充実した毎日を過ごしていると感じます。
話は変わりますが、会社の葡萄の木にも実がなり始めました。
葡萄の赤ちゃん(?)を見るのは初めてで、すごく小さいんですね。
食べて楽しむのではなく、見て楽しむのもなかなか良いものです。
末筆となりました。
まだまだ未熟者ですが、また週刊日誌に顔を出すときが御座いましたら、是非ともよろしくお願い致します。
長文失礼致しました。秋葉
はじめまして。今年の4月に入社致しました秋葉大地と申します。 気付けば入社してからもう一ヶ月半経ちました。 週刊日誌をご愛読されている方で、もうすでにお会いしている方もいらっしゃるかもしれませんね。 簡単に私事を申しますと、拓殖大学で工業デザインを4年間学びました。 入社してからも学ぶことばかりで、常に勉強の日々が続いております。 大変なときも御座いますが、楽しいと思うことも多々あります。 最近では、先輩方のサポートや、お客様とのコミュニケーションなどを行うにあたって、 今まででは気付かなかった部分などが、ようやく見えてくるようになりました。 そんな新しい発見の日々で、とても充実した毎日を過ごしていると感じます。 話は変わりますが、会社の葡萄の木にも実がなり始めました。 葡萄の赤ちゃん(?)を見るのは初めてで、すごく小さいんですね。 食べて楽しむのではなく、見て楽しむのもなかなか良いものです。 末筆となりました。 まだまだ未熟者ですが、また週刊日誌に顔を出すときが御座いましたら、是非ともよろしくお願い致します。 長文失礼致しました。秋葉
第279回 2011.05.09
ゴールデンウイークの過ごし方。
今年も前半が終了いたしましたが、“東日本大震災”と言う大災害が発生いたしました。
日本人同士の助け合い及び絆を、これまで以上に考えなければならない気が致します。
さて、今年のゴールデンウイークのほとんどは山小屋で畑仕事をしていました。
ここ2・3年はクマザサの進入に手を焼き、ほとんど手入れをしていませんでした。
週間日誌243回でも紹介いたしましたが、去年一大決心をし、畑の周囲に側溝を掘りアクリルの波板を埋め込みました。
これで一安心かと思っていましたが、クマザサの勢いはそんなに甘くはありませんでした。
波板のジョイント部分やその下のいたる所からクマザサの茎が侵入しているのです。
一度はあきらめかけたのですが、十数年前は眼底出血をしていた体で原野を開墾し、去年は再度その当時を思い出してクマザサ対策に精を出したことを考えれば再度頑張るしかありません。
畑周囲の一部を、去年より倍の高さのアクリル波板(約35cm)に取替えました。
もうこれで一安心でしょう・・・?
まだ一部に雪が残っています。
手前はりんごの木です。寒いので花は咲きますが実はなりません。
農作業終了です。
奥から・・・えんどう・大根・かぶ・チンゲン菜・ニラ・アスパラなどが植えつけてあります。
今年も前半が終了いたしましたが、“東日本大震災”と言う大災害が発生いたしました。
日本人同士の助け合い及び絆を、これまで以上に考えなければならない気が致します。
さて、今年のゴールデンウイークのほとんどは山小屋で畑仕事をしていました。
ここ2・3年はクマザサの進入に手を焼き、ほとんど手入れをしていませんでした。
週間日誌243回でも紹介いたしましたが、去年一大決心をし、畑の周囲に側溝を掘りアクリルの波板を埋め込みました。
これで一安心かと思っていましたが、クマザサの勢いはそんなに甘くはありませんでした。
波板のジョイント部分やその下のいたる所からクマザサの茎が侵入しているのです。
一度はあきらめかけたのですが、十数年前は眼底出血をしていた体で原野を開墾し、去年は再度その当時を思い出してクマザサ対策に精を出したことを考えれば再度頑張るしかありません。
畑周囲の一部を、去年より倍の高さのアクリル波板(約35cm)に取替えました。
もうこれで一安心でしょう・・・?
まだ一部に雪が残っています。
手前はりんごの木です。寒いので花は咲きますが実はなりません。
農作業終了です。
奥から・・・えんどう・大根・かぶ・チンゲン菜・ニラ・アスパラなどが植えつけてあります。
第278回 2011.04.25
家具産地・府中に行ってきました。
週間日誌198回で紹介いたしましたが、当社のオリジナル室内ドアー「ユー・ラフィーネ」は広島県の家具産地「府中」で体験した、タンス扉の感触を元に製作いたしました。
私には家具に興味を持っておられるお客様に対し長年の思いがあります。
そのようなお客様には、日本一と自負し競い合った府中の職人芸に触れて欲しいのです。
引き出しの真ん中でなくても端をゆっくり押しただけですべるようにしまい込まれ、その際ほかの引き出しがすべるように出てまいります。
収納扉を力強く閉めても密閉度が高いため、中の空気で押し戻される感じが致します。
その様な技術を持った職人さんとの出会いを求めて、“府中”に行ってまいりました。
念願がかない30年ぶりにあの感触に出会うことができました。
以前は梅雨時になると決まって引き出しが開かないなどのクレーム(?)がありました。
その場合カンナで軽く削り調整することになります。削りすぎたら夏場の乾燥したときには、引き出しがガタガタになってしまいます。
ここ15年間、一度もそのような問題はありません。
今ではカンナなど刃物を使えるような小売店はほとんどなくなってきたかと考えられます。
そのため問題が発生しないように、クリアランスを大きくとるようになったのでしょう。
また、スライドレールなど金物を使うケースも多くなりました。
その結果いつの間にか職人技で感じる微妙な感触も失われたのでしょうか。
府中に行く前日に建築関係のお客様が見えられました。
お聞きしたところ非常にこだわりを持ったお客様が何人かおられるとのことでした。
長い時間いろんな話を致しましたが、最後に府中に行く話をしてお願いもしてみました。
“良い職人さんに出会えたら仕事をさせてあげていただけないでしょうか?”
“それでは次の仕事をお願いいたします!”とのことでした。
福山から乗り換えた列車は2両編成で、ワンマン列車でございました。
列車の運転から乗車券の清算までを全て一人でこなしています。
週間日誌198回で紹介いたしましたが、当社のオリジナル室内ドアー「ユー・ラフィーネ」は広島県の家具産地「府中」で体験した、タンス扉の感触を元に製作いたしました。
私には家具に興味を持っておられるお客様に対し長年の思いがあります。
そのようなお客様には、日本一と自負し競い合った府中の職人芸に触れて欲しいのです。
引き出しの真ん中でなくても端をゆっくり押しただけですべるようにしまい込まれ、その際ほかの引き出しがすべるように出てまいります。
収納扉を力強く閉めても密閉度が高いため、中の空気で押し戻される感じが致します。
その様な技術を持った職人さんとの出会いを求めて、“府中”に行ってまいりました。
念願がかない30年ぶりにあの感触に出会うことができました。
以前は梅雨時になると決まって引き出しが開かないなどのクレーム(?)がありました。
その場合カンナで軽く削り調整することになります。削りすぎたら夏場の乾燥したときには、引き出しがガタガタになってしまいます。
ここ15年間、一度もそのような問題はありません。
今ではカンナなど刃物を使えるような小売店はほとんどなくなってきたかと考えられます。
そのため問題が発生しないように、クリアランスを大きくとるようになったのでしょう。
また、スライドレールなど金物を使うケースも多くなりました。
その結果いつの間にか職人技で感じる微妙な感触も失われたのでしょうか。
府中に行く前日に建築関係のお客様が見えられました。
お聞きしたところ非常にこだわりを持ったお客様が何人かおられるとのことでした。
長い時間いろんな話を致しましたが、最後に府中に行く話をしてお願いもしてみました。
“良い職人さんに出会えたら仕事をさせてあげていただけないでしょうか?”
“それでは次の仕事をお願いいたします!”とのことでした。
福山から乗り換えた列車は2両編成で、ワンマン列車でございました。
列車の運転から乗車券の清算までを全て一人でこなしています。
第277回 2011.04.18
もう3年前の9月だったでしょうか、アメリカで発生しました「リーマンショック」。
当社ではその年の8月まで、順調な業績で推移していました。
そのような状況で発生した「リーマンショック」その後の受注は通常のおおよそ80~90%ダウンの状況が数ヶ月続きました。
決定していた予約のキャンセルも発生する状況でした。
そのような状況の中で新入社員の内定も決定していました。
逆に人員を減らしたいような心境と、このまま経営を続ける意味があるのかと深刻に考えました。
その時は、設計・施工担当など含め“全員営業”でしのぎました.
営業以外のスタッフによる成績は目立った数字ではありませんでしたが、営業担当は刺激されたのでしょうか、結構素晴らしい成績を上げていました。
今回の「東日本大震災」が企業経営に及ぼす影響は、“リーマンショック”以上になるだろうと考えます。
さて、経営者としてこの苦境をどのように乗り切るか。
また、乗り切る以外に被災地復興にも何らかの形で協力をしなければなりません。
私は30歳代前半、厳しい試練を何回か体験いたしました。(長くなりますから内容は省略いたします。)
その時は“神様が私の力を試しておられる。それだったらへこたれないで頑張ろう”との心境で乗り切りました。
どう言う訳か今回は、いつの間にかその当時の心境になっていたことを嬉しく思っております。
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当社ではその年の8月まで、順調な業績で推移していました。 そのような状況で発生した「リーマンショック」その後の受注は通常のおおよそ80~90%ダウンの状況が数ヶ月続きました。 決定していた予約のキャンセルも発生する状況でした。 そのような状況の中で新入社員の内定も決定していました。 逆に人員を減らしたいような心境と、このまま経営を続ける意味があるのかと深刻に考えました。 その時は、設計・施工担当など含め“全員営業”でしのぎました. 営業以外のスタッフによる成績は目立った数字ではありませんでしたが、営業担当は刺激されたのでしょうか、結構素晴らしい成績を上げていました。 今回の「東日本大震災」が企業経営に及ぼす影響は、“リーマンショック”以上になるだろうと考えます。 さて、経営者としてこの苦境をどのように乗り切るか。 また、乗り切る以外に被災地復興にも何らかの形で協力をしなければなりません。 私は30歳代前半、厳しい試練を何回か体験いたしました。(長くなりますから内容は省略いたします。) その時は“神様が私の力を試しておられる。それだったらへこたれないで頑張ろう”との心境で乗り切りました。 どう言う訳か今回は、いつの間にかその当時の心境になっていたことを嬉しく思っております。
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