週刊日誌(スタッフブログ)
第418回 2014.02.03
以前の仕事から
以前製作した写真を整理していましたら、当社ではあまり例がない金属を主体にした家具が目に留まりました。
ステンレスで作るカウンターテーブル・受付カウンターおよび接客テーブルでございます。
カウンターテーブルは、2mm厚ステンレスヘアーラインを使用して製作いたしました。
また受付カウンターですが、外部は波模様のステンレス板を使用して、内部は白の合板で製作いたしました。
カウンター周りは広々としていて、邪魔をするものがほとんどなかったため、けっこう存在感を発揮いたしました。
もう一台は六角形の接客テーブルです。
天板は確か2mm厚のステンレス板を使用したと思います。
その板に人工的なランダム模様の柄をつけ、足部分はクローム鍍金で仕上げました。
どちらもあまり作る機会がないものでしたが、お客様からは大変喜んでいただいた記憶があります。
その後このお客様からは多くのお仕事をさせていただきました。
![140203_1[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140203_11-300x225.jpg)
以前製作した写真を整理していましたら、当社ではあまり例がない金属を主体にした家具が目に留まりました。
ステンレスで作るカウンターテーブル・受付カウンターおよび接客テーブルでございます。
カウンターテーブルは、2mm厚ステンレスヘアーラインを使用して製作いたしました。
また受付カウンターですが、外部は波模様のステンレス板を使用して、内部は白の合板で製作いたしました。
カウンター周りは広々としていて、邪魔をするものがほとんどなかったため、けっこう存在感を発揮いたしました。
もう一台は六角形の接客テーブルです。
天板は確か2mm厚のステンレス板を使用したと思います。
その板に人工的なランダム模様の柄をつけ、足部分はクローム鍍金で仕上げました。
どちらもあまり作る機会がないものでしたが、お客様からは大変喜んでいただいた記憶があります。
その後このお客様からは多くのお仕事をさせていただきました。
![140203_1[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140203_11-300x225.jpg)
第417回 2014.01.27
神奈川県産材を使った学習家具シリーズ
去年の展示会で発表いたしましたが、神奈川県産材のヒノキを天然乾燥した材料を使っての学習家具シリーズでございます。
展示会ではたいへん高い評価を受けましたので紹介いたします。
神奈川の水源である山河がよみがえってもらいたい、との想いでスタートをいたしました。
価格設定に関しましては、多くの方々に広まっていただきたいとの考えで低く設定をした結果、購入しやすかったようです。
さっそくご注文をいただいたお客様に、学習家具を昨日お届けいたしました。
小学校に入学されるお嬢様用にとお買い上げいただきました。
ただいま計画中のリビングボードの打ち合わせをかねてからの納品になりました。
奥様との打ち合わせ時間は2時間くらいになりました。
その間、お嬢様とだんな様は一度も家具を設置した部屋から出てこられません。
たいへん気に入っていただいたようで、嬉しくおもいました。
今後は天然乾燥されたヒノキが発するエネルギーが、部屋中に漂ってくれるのではないかと思います。
![140127_4[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140127_41-300x198.jpg)
去年の展示会で発表いたしましたが、神奈川県産材のヒノキを天然乾燥した材料を使っての学習家具シリーズでございます。
展示会ではたいへん高い評価を受けましたので紹介いたします。
神奈川の水源である山河がよみがえってもらいたい、との想いでスタートをいたしました。
価格設定に関しましては、多くの方々に広まっていただきたいとの考えで低く設定をした結果、購入しやすかったようです。
さっそくご注文をいただいたお客様に、学習家具を昨日お届けいたしました。
小学校に入学されるお嬢様用にとお買い上げいただきました。
ただいま計画中のリビングボードの打ち合わせをかねてからの納品になりました。
奥様との打ち合わせ時間は2時間くらいになりました。
その間、お嬢様とだんな様は一度も家具を設置した部屋から出てこられません。
たいへん気に入っていただいたようで、嬉しくおもいました。
今後は天然乾燥されたヒノキが発するエネルギーが、部屋中に漂ってくれるのではないかと思います。
![140127_4[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140127_41-300x198.jpg)
第416回 2014.01.20
人生、生きていくことが楽になった「地獄の訓練」を紹介します。
習慣日誌のあいさつで紹介をしていますが、私のこれまでの人生の中で大きな転機になった「地獄の訓練」を紹介いたします。
数日前に訓練学校の営業S様が年始の挨拶にこられまして、その当時を思い出しました。
私は運勢が低下するときには内面の充実を心がけるようにしています。
そのため10年前にはテレビなどで紹介されたことが多数あるかと思いますが、「地獄の訓練」。
2年前には「町田宗鳳」様の「ありがとう断食セミナー」への参加。
いずれも私の人生設計の中で、大きな影響を与えてくれました。
今回はその中で、地獄の訓練を紹介いたします。
内容は習慣日誌11回目・12回目のページをそのまま紹介いたします。(文章が今もそうですが、下手ですね!)
習慣日誌第11回
地獄の訓練1回目
週間日誌1回目に約束いたしました「人生、生きていく事が楽になった」静岡、富士宮での「地獄の訓練」の一部を紹介したいと思います。
長くなりますので2回に分けさせていただきます。
訓練を知ったのは、当社のお客様で、女性だけの会社ですが、リフォーム事業をされている女性社長、萩原さんの会社を訪ねたときのことです。
訓練を受けたばかりの萩原さんの姿はまさに“後光が”さしているようでした。
私はその姿を見てすぐ訓練を受けることにしました。
訓練期間は約2週間(1年間で行うべき訓練を凝縮した結果の日数との事)6時起床、7時から体操、朝礼で始まり夜9時までびっしりの訓練です。
訓練内容は、挨拶、大きな声を出す、整理整頓の徹底など社会人として基礎的なことはもちろんのこと、企業で通用する能力を身につけたとき、卒業の資格を与えられるという内容です。
私は会社が毎年暇になる9月1日から受けることにしました。ところがその年(2年前)は結果的に1年で一番忙しい期間になり、従業員たちの反対を押し切って参加することになりました。
訓練初日、参加者は約140名、その中で社長は私一人でした。
朝7時の体操が終わり朝礼のとき壇上の先生が“誰か抱負を述べたいもの挙手!”の号令、(実は全員手を上げなければならないのです)。
真っ先に私が指名されました。
私は心の準備も出来てなく、また人前でしゃべることから逃げていた人物ですから、壇上でしどろもどろしていると小林先生が大きな声で“みなさーん、安心してくださーい、これで社長ですから・・・・”。
朝礼が終わったら会社からの電話、(一大事以外は連絡してはならない決まりになっている)“大手ゼネコンさんの仕事でトラブル発生、くだらない訓練などしてないで早く帰って来いと言っている”との事、私は、“全てお前たちに任せたはず、たとえ会社がつぶれてもしかたがない”と答えたものの、内心、2週間後会社はどうなっているのだろう・・・。
この様な訓練始まりでした。後半は次回にさせていただきます。
習慣日誌第12回
地獄の訓練2回目
前回の続きになりますが、テレビで放送されたビデオを見せてもらっていたので覚悟は出来ていましたが、思った以上に厳しい訓練でした。
長くなりますので非常に有意義だった訓練のみを紹介いたします。
1.会社の問題点を100上げよ。(レベルが低い内容のものは通らない)
これには訓練生みんなが苦労していました、30,40くらいまではどうにかあげられるがそれからが大変です。
また3日間でしたが、広さ2帖位の“ポチ小屋”で自給自足をしながら問題点を考える訓練。徹夜同然の訓練生たちも何人かいたようです。
2. 問題点100の中から重要な問題点を20選んで
1.現状、その為に何が起こっているか
2.現状を点数で評価(100点を満点とし)し、その点数を何点にしたいか
3.目標設定(いつまでに、どのようにしたいか)
4.どうすれば解決するか
訓練中いろんな問題が発生しましたが(長くなりますので内容は省略いたします)先生方の能力の高さ、全て計算されたもとでの教育でした。(一時は、先生方でも感情を抑えきれないことがあるんだなと思っていましたがそれは間違いでした)
訓練10日目くらいのとき先生が、“このクラスで誰か朝礼の司会をやってもらえないか”。誰も手を上げるものはいませんでした(もちろん私も)。それからの2日間は自分が情けなくなり、何のためにこの訓練を受けに来たのか自問自答しておりました。やっと決心し”先生、明日の司会を私にやらせてください“翌日の壇上では、完璧ではないものの、あまり緊張しない状態で立つことが出来ました。
2週間の訓練が終わり、いざ心配していた会社に出社したところ、私がいない期間を見事守ってくれていました。(お客様に言われたことですが、朝方ファックスが届いたりしていたようです)
最近、緊張が薄れてきている感じがいたします。 “大変な社長だったよ”といっておられた小林先生!
その社長が来年また行きますのでよろしく・・・。
今年は運勢が良いようですが、町田宗鳳様に会いに行きたいと思います。
運勢がいいときは「謙虚に生きる」を心がけます。
管理者養成学校「地獄の訓練」ホームページ
http://www.hell-camp.com/
習慣日誌のあいさつで紹介をしていますが、私のこれまでの人生の中で大きな転機になった「地獄の訓練」を紹介いたします。 数日前に訓練学校の営業S様が年始の挨拶にこられまして、その当時を思い出しました。 私は運勢が低下するときには内面の充実を心がけるようにしています。 そのため10年前にはテレビなどで紹介されたことが多数あるかと思いますが、「地獄の訓練」。 2年前には「町田宗鳳」様の「ありがとう断食セミナー」への参加。 いずれも私の人生設計の中で、大きな影響を与えてくれました。 今回はその中で、地獄の訓練を紹介いたします。 内容は習慣日誌11回目・12回目のページをそのまま紹介いたします。(文章が今もそうですが、下手ですね!) 習慣日誌第11回 地獄の訓練1回目 週間日誌1回目に約束いたしました「人生、生きていく事が楽になった」静岡、富士宮での「地獄の訓練」の一部を紹介したいと思います。 長くなりますので2回に分けさせていただきます。 訓練を知ったのは、当社のお客様で、女性だけの会社ですが、リフォーム事業をされている女性社長、萩原さんの会社を訪ねたときのことです。 訓練を受けたばかりの萩原さんの姿はまさに“後光が”さしているようでした。 私はその姿を見てすぐ訓練を受けることにしました。 訓練期間は約2週間(1年間で行うべき訓練を凝縮した結果の日数との事)6時起床、7時から体操、朝礼で始まり夜9時までびっしりの訓練です。 訓練内容は、挨拶、大きな声を出す、整理整頓の徹底など社会人として基礎的なことはもちろんのこと、企業で通用する能力を身につけたとき、卒業の資格を与えられるという内容です。 私は会社が毎年暇になる9月1日から受けることにしました。ところがその年(2年前)は結果的に1年で一番忙しい期間になり、従業員たちの反対を押し切って参加することになりました。 訓練初日、参加者は約140名、その中で社長は私一人でした。 朝7時の体操が終わり朝礼のとき壇上の先生が“誰か抱負を述べたいもの挙手!”の号令、(実は全員手を上げなければならないのです)。 真っ先に私が指名されました。 私は心の準備も出来てなく、また人前でしゃべることから逃げていた人物ですから、壇上でしどろもどろしていると小林先生が大きな声で“みなさーん、安心してくださーい、これで社長ですから・・・・”。 朝礼が終わったら会社からの電話、(一大事以外は連絡してはならない決まりになっている)“大手ゼネコンさんの仕事でトラブル発生、くだらない訓練などしてないで早く帰って来いと言っている”との事、私は、“全てお前たちに任せたはず、たとえ会社がつぶれてもしかたがない”と答えたものの、内心、2週間後会社はどうなっているのだろう・・・。 この様な訓練始まりでした。後半は次回にさせていただきます。 習慣日誌第12回 地獄の訓練2回目 前回の続きになりますが、テレビで放送されたビデオを見せてもらっていたので覚悟は出来ていましたが、思った以上に厳しい訓練でした。 長くなりますので非常に有意義だった訓練のみを紹介いたします。 1.会社の問題点を100上げよ。(レベルが低い内容のものは通らない) これには訓練生みんなが苦労していました、30,40くらいまではどうにかあげられるがそれからが大変です。 また3日間でしたが、広さ2帖位の“ポチ小屋”で自給自足をしながら問題点を考える訓練。徹夜同然の訓練生たちも何人かいたようです。 2. 問題点100の中から重要な問題点を20選んで 1.現状、その為に何が起こっているか 2.現状を点数で評価(100点を満点とし)し、その点数を何点にしたいか 3.目標設定(いつまでに、どのようにしたいか) 4.どうすれば解決するか 訓練中いろんな問題が発生しましたが(長くなりますので内容は省略いたします)先生方の能力の高さ、全て計算されたもとでの教育でした。(一時は、先生方でも感情を抑えきれないことがあるんだなと思っていましたがそれは間違いでした) 訓練10日目くらいのとき先生が、“このクラスで誰か朝礼の司会をやってもらえないか”。誰も手を上げるものはいませんでした(もちろん私も)。それからの2日間は自分が情けなくなり、何のためにこの訓練を受けに来たのか自問自答しておりました。やっと決心し”先生、明日の司会を私にやらせてください“翌日の壇上では、完璧ではないものの、あまり緊張しない状態で立つことが出来ました。 2週間の訓練が終わり、いざ心配していた会社に出社したところ、私がいない期間を見事守ってくれていました。(お客様に言われたことですが、朝方ファックスが届いたりしていたようです) 最近、緊張が薄れてきている感じがいたします。 “大変な社長だったよ”といっておられた小林先生! その社長が来年また行きますのでよろしく・・・。 今年は運勢が良いようですが、町田宗鳳様に会いに行きたいと思います。 運勢がいいときは「謙虚に生きる」を心がけます。 管理者養成学校「地獄の訓練」ホームページ http://www.hell-camp.com/
第415回 2014.01.14
家具屋が作るウッドデッキ、どこか違うようです。
去年の11月に展示会「ご縁の会」を催しました。
多くの方々が来場されまして、にぎやかな会になりました。
こんかいは反響が大きかったウッドデッキを紹介いたします。
材料は横浜の水源になりますが、神奈川県・青根地区で生産されたヒノキ材をゆっくり天然乾燥した材料を使用いたしました。(10月から翌年2月にかけて伐採した材料。)
家具屋が作るわけで、表面にはねじがありません。また家具を作る気持ちで、削り・研磨し・塗装をしています。
ある建築家の方からは、外部で使用する場合は着色しなければすぐに汚くなるとの事でした。
私は自然の状態で使用したいので、どうしても塗装は無着色にこだわりました。
ところがウッドデッキが完成して間もなく、雨が降ってきたのでした。
そうしましたところ、ウッドデッキの表面に斑点が発生しています。
びっくりいたしました。ここまで材料の手配から製作にいたるまで、けっこうハードな労力を費やしてきましたので、これでは商品として扱えないのではないかと一瞬思ってしまいました。
無理を言って翌日に塗料メーカーの担当者に来ていただきました。
原因は雨によって材料が持つ樹液に鉄分(製材の際使用した刃物)が反応したのだろうとのことでした。
アドバイスにしたがってシュウ酸液をハケで塗ってみましたところ、数分で斑点が消えてしまいました。
おかげさまでウッドデッキは、ヒノキの香りを発散させながら、会社のシンボルとしての存在感を漂わせています。
寝そべったり、素足で歩きたくなりますよ!
(忘年会はお客様のリクエストで、ウッドデッキで行いました。)
![140114_3[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140114_31-300x198.jpg)
去年の11月に展示会「ご縁の会」を催しました。
多くの方々が来場されまして、にぎやかな会になりました。
こんかいは反響が大きかったウッドデッキを紹介いたします。
材料は横浜の水源になりますが、神奈川県・青根地区で生産されたヒノキ材をゆっくり天然乾燥した材料を使用いたしました。(10月から翌年2月にかけて伐採した材料。)
家具屋が作るわけで、表面にはねじがありません。また家具を作る気持ちで、削り・研磨し・塗装をしています。
ある建築家の方からは、外部で使用する場合は着色しなければすぐに汚くなるとの事でした。
私は自然の状態で使用したいので、どうしても塗装は無着色にこだわりました。
ところがウッドデッキが完成して間もなく、雨が降ってきたのでした。
そうしましたところ、ウッドデッキの表面に斑点が発生しています。
びっくりいたしました。ここまで材料の手配から製作にいたるまで、けっこうハードな労力を費やしてきましたので、これでは商品として扱えないのではないかと一瞬思ってしまいました。
無理を言って翌日に塗料メーカーの担当者に来ていただきました。
原因は雨によって材料が持つ樹液に鉄分(製材の際使用した刃物)が反応したのだろうとのことでした。
アドバイスにしたがってシュウ酸液をハケで塗ってみましたところ、数分で斑点が消えてしまいました。
おかげさまでウッドデッキは、ヒノキの香りを発散させながら、会社のシンボルとしての存在感を漂わせています。
寝そべったり、素足で歩きたくなりますよ!
(忘年会はお客様のリクエストで、ウッドデッキで行いました。)
![140114_3[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/140114_31-300x198.jpg)
第414回 2014.01.06
新年明けましておめでとうございます。
去年の新年挨拶を調べてみましたところ、前年評価を90点合格の年としていました。
前年はできすぎで、比較をすること自体が無理な内容でございました。
その内容とは、納骨祭壇「ご供養家具」が毎日新聞に紹介をされ、またテレビではNHKで2度も放映をしてもらえました。
また22歳の時は私にとっては人生最大のピンチでしたが、暖かい励ましをいただき、また一生の目標を作るきっかけを作ってくださった恩人に、42年ぶりに再会したことなどでございました。
さて昨年の評価としまして、「60点合格の年」といたしました。
内容としましては「ご供養家具」がフジテレビで放映をしていただきました。
また業績は前年より落ちましたが、当社発足以来始めての催し「ご縁の会」つまり展示会の成功でございます。
当初は4・5組くらいの出席者もあればとの軽い気持ちでスタートをしましたが、次第に気合が入ってきたのでした。
努力が報われたのか、結果としましては80組のかたがたが出席をしていただきました。
出席者の中には忘れかけていた方など、大勢の方と再会をすることができました。
それから新たな人とのいいご縁があり、「人の財産」が増えたことも評価の中に入れさせていただきました。
どうぞ今年もよろしくお付き合いお願い申し上げます。
去年の新年挨拶を調べてみましたところ、前年評価を90点合格の年としていました。 前年はできすぎで、比較をすること自体が無理な内容でございました。 その内容とは、納骨祭壇「ご供養家具」が毎日新聞に紹介をされ、またテレビではNHKで2度も放映をしてもらえました。 また22歳の時は私にとっては人生最大のピンチでしたが、暖かい励ましをいただき、また一生の目標を作るきっかけを作ってくださった恩人に、42年ぶりに再会したことなどでございました。 さて昨年の評価としまして、「60点合格の年」といたしました。 内容としましては「ご供養家具」がフジテレビで放映をしていただきました。 また業績は前年より落ちましたが、当社発足以来始めての催し「ご縁の会」つまり展示会の成功でございます。 当初は4・5組くらいの出席者もあればとの軽い気持ちでスタートをしましたが、次第に気合が入ってきたのでした。 努力が報われたのか、結果としましては80組のかたがたが出席をしていただきました。 出席者の中には忘れかけていた方など、大勢の方と再会をすることができました。 それから新たな人とのいいご縁があり、「人の財産」が増えたことも評価の中に入れさせていただきました。 どうぞ今年もよろしくお付き合いお願い申し上げます。
第413回 2013.12.24
ご供養家具の写真に、オーブ(たまゆら)が写っていました。
3ヶ月前になりますが、ご供養家具(納骨祭壇)をお客様のオリジナルなデザインで製作することになりました。
バックの金色和紙の裏には、お客様がなくなられたお母様に対しての気持ち、「感謝」の文字が貼ってあります。
感謝の文字は、和紙にお客様ご自身に書いていただいたものです。
製作にてこずり、ご注文をいただいてから完成するまでに、3ヶ月の期間を要しました。
完成後お届けをして設置をいたしましたが、ご主人様と一緒に写真を撮らせていただくことになりました。
一ヵ月後、修理を頼まれていたご供養家具の中に飾るお供え物を届けに伺いましたところ、見てもらいたい写真があるとの事です。
写真の中で何枚かにそのオーブガ写っています。
専門家に尋ねられたところ、お母さんが喜んでおられるとのことだったそうです。
私も気になり、自分で撮った写真を見直してみましたが、写っていません。
やはりお母さんを想う、お客様の気持ちとの違いがあるのでしょう。
・写真の掲載は差し控えたいと思います。
3ヶ月前になりますが、ご供養家具(納骨祭壇)をお客様のオリジナルなデザインで製作することになりました。 バックの金色和紙の裏には、お客様がなくなられたお母様に対しての気持ち、「感謝」の文字が貼ってあります。 感謝の文字は、和紙にお客様ご自身に書いていただいたものです。 製作にてこずり、ご注文をいただいてから完成するまでに、3ヶ月の期間を要しました。 完成後お届けをして設置をいたしましたが、ご主人様と一緒に写真を撮らせていただくことになりました。 一ヵ月後、修理を頼まれていたご供養家具の中に飾るお供え物を届けに伺いましたところ、見てもらいたい写真があるとの事です。 写真の中で何枚かにそのオーブガ写っています。 専門家に尋ねられたところ、お母さんが喜んでおられるとのことだったそうです。 私も気になり、自分で撮った写真を見直してみましたが、写っていません。 やはりお母さんを想う、お客様の気持ちとの違いがあるのでしょう。 ・写真の掲載は差し控えたいと思います。
第412回 2013.12.16
うれしい便りがきました。
2年ぐらい前に製作させていただいた、お客様からの感謝のハガキでございます。
障害をもたれたお子様用に作ったサークルベッドのお客様からでございました。
ご相談があってから完成までには約8ヶ月を要しました。
安全性のチェックなど、制作方法をいろいろ苦慮したのと、お子様の体調不良などもあり長い時間がかかってしまいました。
製作にあたり注意したところは安全で強度があるネットを探し、ぶつかっても怪我をしないように工夫をすること。
又、上下する出入り部分は適度な摩擦があって、手を離しても急に落下することがなく、怪我をしないように配慮をすること。
大人になっても使える強度と、品質がいいマットを使用するなど考慮することは数多くありました。
ご依頼で勉強になったことは、制作方法はもちろんのことですが、障害者支援制度があることを知ったことです。
その制度を利用すれば障害をもたれたご家族の負担も少なく、快適な生活を送っていただけるような気がいたします。
また我々も‘ものづくり’に励めそうです。
![131216_2[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/131216_21-300x225.jpg)
2年ぐらい前に製作させていただいた、お客様からの感謝のハガキでございます。
障害をもたれたお子様用に作ったサークルベッドのお客様からでございました。
ご相談があってから完成までには約8ヶ月を要しました。
安全性のチェックなど、制作方法をいろいろ苦慮したのと、お子様の体調不良などもあり長い時間がかかってしまいました。
製作にあたり注意したところは安全で強度があるネットを探し、ぶつかっても怪我をしないように工夫をすること。
又、上下する出入り部分は適度な摩擦があって、手を離しても急に落下することがなく、怪我をしないように配慮をすること。
大人になっても使える強度と、品質がいいマットを使用するなど考慮することは数多くありました。
ご依頼で勉強になったことは、制作方法はもちろんのことですが、障害者支援制度があることを知ったことです。
その制度を利用すれば障害をもたれたご家族の負担も少なく、快適な生活を送っていただけるような気がいたします。
また我々も‘ものづくり’に励めそうです。
![131216_2[1]](https://www.t-yuuki.co.jp/wp/wp-content/uploads/131216_21-300x225.jpg)
第411回 2013.12.09
「仏壇のはせがわ」長谷川裕一会長が書かれた22歳時の文章にびっくりする。
最近読んでいる本で紹介をされていました。
長谷川会長が龍谷大学の学生自治会長時に書かれた「文化の日に寄せて」の文章でございます。
「龍谷大学に学ぶ者よ、君は日本を背負って立つ気迫があるか。
明日の日本は我々の双肩にかかっているのを深く顧みたことがあるか。
日本の文化を、過去の文化を理解消化し、さらに発展創造する主体たる自覚はあるか。
君は人類の歴史が始まって以来、先人の大自然に挑み開拓し、おそろしき程のあまたの血と汗と涙によって偽された文化、この尊き偉業を心から感謝したことがあるか、また、君の生存を支えてくれるこの大自然に感謝したことがあるか(中略)我々は日本人である。
吾や個個人が明日の日本の核となる自覚なくして輝かしい日本の将来というものがあるであろうか。
一人一人が社会を生かす要素たる事を銘記して日々の生活を励もう。
ドイツの若者に遅れまい、負けてはならぬ。
他人の思わくにによって動くという短所を廃し、真理に対して生命をも辞さぬという日本人たる長所を生かし、日本独自の文化を築こう。
それは世界平和、平和共存の礎石となるであろう。龍谷大学に学ぶ若者よ!覚悟は如何ん!」。(昭和37年11月3日)
22歳の若者が、これまで強烈な自覚と使命感に突き動かされて生きてこられたからこそ、実家の仏壇店を大きく発展させることができたのでしょう。
私は、いつのまにかこまかいことに惑わされていた感じがいたします。
おかげさまで心の中がすっきりいたしました。
最近読んでいる本で紹介をされていました。 長谷川会長が龍谷大学の学生自治会長時に書かれた「文化の日に寄せて」の文章でございます。 「龍谷大学に学ぶ者よ、君は日本を背負って立つ気迫があるか。 明日の日本は我々の双肩にかかっているのを深く顧みたことがあるか。 日本の文化を、過去の文化を理解消化し、さらに発展創造する主体たる自覚はあるか。 君は人類の歴史が始まって以来、先人の大自然に挑み開拓し、おそろしき程のあまたの血と汗と涙によって偽された文化、この尊き偉業を心から感謝したことがあるか、また、君の生存を支えてくれるこの大自然に感謝したことがあるか(中略)我々は日本人である。 吾や個個人が明日の日本の核となる自覚なくして輝かしい日本の将来というものがあるであろうか。 一人一人が社会を生かす要素たる事を銘記して日々の生活を励もう。 ドイツの若者に遅れまい、負けてはならぬ。 他人の思わくにによって動くという短所を廃し、真理に対して生命をも辞さぬという日本人たる長所を生かし、日本独自の文化を築こう。 それは世界平和、平和共存の礎石となるであろう。龍谷大学に学ぶ若者よ!覚悟は如何ん!」。(昭和37年11月3日) 22歳の若者が、これまで強烈な自覚と使命感に突き動かされて生きてこられたからこそ、実家の仏壇店を大きく発展させることができたのでしょう。 私は、いつのまにかこまかいことに惑わされていた感じがいたします。 おかげさまで心の中がすっきりいたしました。
第410回 2013.12.02
森のツアーに参加してきました。
神奈川県の水源である津久井湖の近くに位置した、青根と言う地区での企画でございます。
神奈川県の水源である山を復活させようと奮闘しておられる、K様の主催です。
当日は現地に2時間近くも早く到着しましたので、近隣を散歩したりして時間調整をしていました。
散歩の途中に小さな店がありましたので、店主と思われるおばさんの話を聞かせていただきました。
穏やかな地域だが、働くところがなく若い人が住むような環境ではないとのことでした。
以前は炭焼きや、木材の伐採および加工など山の仕事があったそうですが、今現在はほとんどないとのことでした。
さて山を案内していただきながら話を聞かせていただきましたが、現在も使われている唯一の木造校舎の小学校は、生徒数が9人とのことです。
また中学校は8名とのことでした。
横浜から約1時間半で当地に到着いたしましたが、この首都圏近郊の集落が限界集落になるとしたら、日本中にはまだ恵まれない地域は相当数あるでしょうから、大きな問題のように思います。
相模原や厚木までは1時間以内で通勤ができる距離だと思いますが、この現状がなぜなのか不思議です。
さてイベントとして、スギ玉作りや蒔き割などをして楽しませていただきながら、山の現状および皆様の山に対しての想いを実感させていただきました。
私は神奈川県産材の需要を増やすことで、多少なりともお役に立ちたいと考えています。
この小学校はもう廃校になっていると思います。
神奈川県の水源である津久井湖の近くに位置した、青根と言う地区での企画でございます。
神奈川県の水源である山を復活させようと奮闘しておられる、K様の主催です。
当日は現地に2時間近くも早く到着しましたので、近隣を散歩したりして時間調整をしていました。
散歩の途中に小さな店がありましたので、店主と思われるおばさんの話を聞かせていただきました。
穏やかな地域だが、働くところがなく若い人が住むような環境ではないとのことでした。
以前は炭焼きや、木材の伐採および加工など山の仕事があったそうですが、今現在はほとんどないとのことでした。
さて山を案内していただきながら話を聞かせていただきましたが、現在も使われている唯一の木造校舎の小学校は、生徒数が9人とのことです。
また中学校は8名とのことでした。
横浜から約1時間半で当地に到着いたしましたが、この首都圏近郊の集落が限界集落になるとしたら、日本中にはまだ恵まれない地域は相当数あるでしょうから、大きな問題のように思います。
相模原や厚木までは1時間以内で通勤ができる距離だと思いますが、この現状がなぜなのか不思議です。
さてイベントとして、スギ玉作りや蒔き割などをして楽しませていただきながら、山の現状および皆様の山に対しての想いを実感させていただきました。
私は神奈川県産材の需要を増やすことで、多少なりともお役に立ちたいと考えています。
この小学校はもう廃校になっていると思います。
第409回 2013.11.25
歯ぐきマッサージの効果
数年前から歯が急に悪くなりました。
まず右の奥歯の上下を去年2本抜きました。
今度は左の歯に無理がきたようで、下の歯がぐらぐらになり抜くことになりました。 いざ抜く日の前日、歯ぐきマッサージのことを思い出しました。
柔らかい歯ブラシで歯ぐきをマッサージしてみました。
翌朝歯の具合を確かめてみましたところ、気のせいか少し状態が改善した感じです。
けっきょくその日の抜歯は取りやめて様子を見ることにいたしました。
あれから半年がたちましたが、その歯は現在でもしっかり役に立っております。
私の母親は非常に歯がしっかりしていました。
年をとってからも、ビンのふたなどは歯で開けていました。
常に人差し指で歯ぐきのマッサージをしている姿を思い出します。
もっと早く気がつけばよかったのですが、私もこれからは心がけるようにしてみます。
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数年前から歯が急に悪くなりました。 まず右の奥歯の上下を去年2本抜きました。 今度は左の歯に無理がきたようで、下の歯がぐらぐらになり抜くことになりました。 いざ抜く日の前日、歯ぐきマッサージのことを思い出しました。 柔らかい歯ブラシで歯ぐきをマッサージしてみました。 翌朝歯の具合を確かめてみましたところ、気のせいか少し状態が改善した感じです。 けっきょくその日の抜歯は取りやめて様子を見ることにいたしました。 あれから半年がたちましたが、その歯は現在でもしっかり役に立っております。 私の母親は非常に歯がしっかりしていました。 年をとってからも、ビンのふたなどは歯で開けていました。 常に人差し指で歯ぐきのマッサージをしている姿を思い出します。 もっと早く気がつけばよかったのですが、私もこれからは心がけるようにしてみます。
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