第236回 2010.06.28

父の日

6月20日が父の日だったようですね。
 
昨日(27日)朝、ラジオで父との思い出を、リスナーの方たちからの投書で紹介していました。
 
もう亡くなっていますが、私も親父のことを思いだいました。
 
年配者の方々にとっては、あまり特別とはならないのかも分かりませんが、私の親父も、越すことができない存在でございます。
 
親父は熊本の田舎で、今のスーパーマーケットみたいな店を経営していました。
 
夜明けとともに仕事が始まり、日が暮れて夕食が終わった時が店を閉めるときです。
 
1年365日、休みは元旦の1日だけでした。
 
私が幼い頃の記憶では、売り込み及び買出しは自転車でした。
 
普通の自転車ではなく、頑丈なつくりになっていて、荷乗せ部分は倍くらいの大きさがありました。(運搬車と言っていました。)
 
重い自転車をこぐのは大変な重労働だったと思います。
 
ですから親父の脚の太さは、競輪選手の脚と比べてもたぶん劣ることは無かったかと思います。
 
私はよく、荷乗せ上のカゴの中に入って仕事について行きました。
 
数年前ですが、実家からレンタカーで確か宮崎に向かった時だと思いますが、見覚えがある場所を通過いたしました。
 
確か、梨の買い付けに来たと思います。
 
その場所は実家から自動車で1時間くらいだったと思います。
 
こんなところにまで仕入れに来ていたのかと感心しました。
 
優秀な商材があれば、みかん・スイカ・なし・木炭・・・どこにでも出向いて追求する。
 
また、常に自分に負荷をかけていたのでしょう、目覚めた頃に雨が降っていたときは喜んでいました。
 
たぶん気兼ねなく身体・精神面での休みが取れたからでしょう。
 
私は毎朝仏壇に向かい、昨日の感謝を述べるのと、御先祖様との会話をしています。
 
週間日誌222回でも取り上げましたが、この気持ちを親父に報告しましたところ、気のせいか大きく炎が揺れたように感じました。

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